私小説&海外古典短編小説

『あの胸にもう一度』妥協の結婚は不倫を生む、愛されずとも追ってしまうマゾヒズム1968年: 7点

 松田遼司の「旅行・音楽・美術好きのための映画・漫画評論」。アマゾンプライムなどで配信されている名作を中心にお届けします。

 今回は、「妥協の結婚は不倫を生み、愛されないことで追いかけてしまうマゾヒズムの愛」を描いた名作『あの胸にもう一度』を紹介します。

『あの胸にもう一度』の概要

 『あの胸にもう一度』は、『黒水仙』(47年)『赤い靴』(48年)『裸足の伯爵夫人』(54年)などで撮影監督として評価が高かったジャック・カーディフ監督作品です。監督の数少ない監督作品の中では唯一知られている作品です。三島由紀夫や澁澤龍彦に敬愛されたフランスの耽美派小説家マンディアルグの『オートバイ』を映画化したものです。

 原題は『オートバイ』ですが、アマゾンなどで配信されている英語版の題名は『The Girl On A Motorcycle』で3つの中で一番わかり易い題名といえるでしょう。

 音楽は、無名のレス・リードが担当していますが、ヒロインの心情を反映した音楽は悪くはないです。

 米国最大の映画データベースの批評サイトIMDb視聴者2,536人による平均スコアは、5.3であり、「ルパン3世」に盗用された日本での評価と異なり、非常に低くなっています。米国映画とは正反対であり、清教徒的モラルに反する耽美主義が米国では受け入れられないのは当然かも知れません。

 主役の美人ではないがセクシーなレベッカ役は、マリアンヌ・フェイスフルです。当時はミック・ジャガーの恋人であり、歌手としても高い人気を誇っていました。マゾヒズム性癖の女性を演じていますが、その名の由来となっている作家マゾッホの子孫であるというのは偶然でしょうか?

 愛人の教授役は、当時の日本では大人気だったアラン・ドロンが演じています。欧米映画を中学生の頃から見ていますが、彼ほどの美貌、気品、演技力を持ち合わせた俳優は他には存在しないと言えるでしょう。この作品では珍しくメガネ姿を披露しています。その身振り手振り、全てがカッコいいです。

 

あの胸にもう一度』のネタバレなしの途中までのストーリー

 ネタバレなしの途中までのストーリーは、主人公のレベッカ(マリアンヌ・フェイスフル)の夢のシーンで始まります。サーカスの中心でチェロを弾く夫のレイモンは子どもたちに笑われています。それを見た彼女は涙します。レイモンの代わりに大型バイクに乗ったダニエル(アラン・ドロンが現れると、レベッカを馬に乗るように駆り立て鞭をふるい、彼女の服は切り裂かれていきます….

 夜明け前に夢から覚めたレベッカはレイモンが寝ているのを確認すると、素肌を黒革のジャンプスーツに滑り込ませ、愛用の大型バイクに跨がるのでした。夜明け前のフランスのアルザス地方の朝霧の静寂の中にハーレーのエンジンが響き渡ります。

 アルザス地方は普仏戦争、2つの世界大戦を経てドイツ領からフランスの領土へと戻っていましたが、墓地の立ち並ぶこの街を彼女は嫌っていました。ガソリンスタンドで燃料を満タンにすると、スタンドの主人からは「遠出なの?ご主人は寛大だね、この大型バイクに乗れば子どもたちにも馬鹿にされないよ」と嫌味を言われました。

 森のベンチで休憩し、退屈な結婚生活から逃れダニエルに会うことを考えると、自然と笑みがこぼれるのでした。

 レベッカはアルプスでのレイモンとその友人カップルとの婚前スキー旅行を思い出します。昼のスキーと夜のチーズ・フォンデュ。視線に気づくと、バー・カウンターでパイプをくゆらすダニエルが見つめていました。彼は父親が経営する古書店の常連客のハイデルベルグ大学の教授で、会ったことがあったのです。

 夜に鍵を開けておくというレイモンとの約束に気乗りがしなくなったレベッカは、彼が訪れても寝たふりをしてしまいます。その後ベランダから忍んできた男に抱かれたレベッカは、レイモンではないと気づくのでした….

 

あの胸にもう一度』を観ての感想

 愛して入るのだが人が良すぎる夫への不満、サディスティックな愛人へのマゾヒズムの愛情と彼を捨てきれない罪悪感がテーマとなっています

 

 レベッカはレイモンを愛しているのですが、その人の良さが気に食わないのです。スキーをしたいのに疲れた彼女に合わせて休むという自主性のなさ、子供をしかれない弱さダニエルからの贈り物の大型バイクを非常識で断れという義父の助言も聞かず、レベッカに意見を求められると好きなようにしてもよいと答えてしまう。いや、「いい人」と思っているだけで「愛してはいなかった」のかもしれません。

 それに反してダニエルは、最初の夜にも振り返りもしないで立ち去ってしまう。昔想っていた人がいる、彼女とは結婚する気はないとはっきりと言う。大型バイクの運転を教え、プレゼントすることでレベッカが自分に会いに来れるように手立ては打つが、決して来てほしいとは言わない。可愛いとさえ言ってくれない。レベッカも彼が愛しているのは自分の肉体だけだと悟る。それでも会いに来てしまうのはマゾヒズムとしか言いようがありません。自分を求めてこないので、自ら求めてしまうという女性の性癖も理解しているというのもあるのでしょう。

 

 ダニエルは名門ハイデルベルグ大学の教授で、自由恋愛を教えています。将来は結婚などというものは無くなると生徒に語っていますが、フランスでは結婚をせずにパートナーという関係も多くなっているように、マンディアルグの予言は当たったと言えるでしょう。

 バイクに乗りながらレベッカがエクスタシーを感じているシーン、彼女が裸身のダニエルに赤いバラの花びらをちぎっては投げかけるシーンなどは、耽美派のマンディアルグの面目躍如といるでしょう。ボッティチェリの名画「ヴィーナスの誕生」に見られるように、バラの花は美の象徴です。そして、赤い背景とバラの花が印象的な後者のシーンに最もふさわしい俳優はアラン・ドロンを置いて他にはいないでしょう。

 

 原作も読みましたが、ダニエル役は頭の剥げたおじさんであり、ちょっと設定に無理があると思いました。原作を映画が上回っている珍しい作品だと思います。

 ライン川と古都ハイデルベルグなど美しい欧州の景色が味わえるので、旅行好きにはおすすめです。サイケデリックなアンディ・ウォホールのシルクスクリーン作品のような画面に切り替わる映像と音楽を、音楽・美術ファンは楽しめるでしょう。もちろん、バイク好きにはたまらない作品と言えるでしょう。

 

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